December 21, 2005

チェコでの第21回ヨーロッパ将棋選手権(33号,9月17日発行)

 ドイツのフライブルグでの将棋合宿を7月の10日に終え、その場で知合った棋友の車でシュトットガルトまで乗せてもらい、それからは鉄道を東進、旧東ドイツのニュルンベルグ、チェコに入ってからはビールの名産地ピルゼン、世界一美しい街並みと称されるプラハに立ち寄り、ヨーロッパ選手権の行われるパルデュビツェに14日の午後に入った。(かけはし取材班

 今年でヨーロッパ選手権は21回目を数えるが、旧東側がホスト国となる大会は初めて。当会も、ロシア、ウクライナとの将棋ファンや将棋普及のキーマンとの交流を続けてきたが、ヨーロッパの将棋界で旧ソ連圏の存在感が増してきたことが反映された開催国の決定といえるだろう。
 14日の夜は、8分切れ負けのブリッツ大会。会場は、チェコの国技で大きな町に必ずひとつはあるアイスホーケーのアリーナを使っていて広い。尤も、将棋単独のトーナメントではなく、チェコオープンという様々なボードゲームの大会の一種目という位置づけなので広すぎるということはない。
 参加したのは、ウクライナ、フランス、オーストリア、ドイツ、ロシア、ノルウェー、イギリス、オランダ、スウェーデン、日本の10カ国44人。国際交流基金の援助でやってきた宮田七段、大野六段もこの早指し戦に参加し、プロ棋士と平手で対戦できる幸運な方も。1位2位は、大野六段、宮田七段と、当然のごとくプロ棋士が占めた。
3位4位も、私と瀬良さんの日本勢が入り、ヨーロッパのベスト3はウクライナのコロミエッツさん、フランスのシェイモルさん、ポワチエさんだった。
 15日の朝から、17日の昼間で、持ち時間40分、秒読み30秒で、ヨーロッパのレーティング上位32人による勝ち抜き戦方式のヨーロッパ選手権と、誰でも参加できるワールドオープン選手権が開催された。ヨーロッパ選手権参加者は自動的にワールドオープン選手権にも参加している方式の大会だ。今年のヨーロッパ選手権者は、来年のアマ竜王戦に招待されることになっているので上位32人は皆とても気合がはいった表情だった。
 参加者の内訳は、ウクライナ(17名)フランス(10名)ドイツ(7人)オランダ(6人)スウェーデン(5人)日本(5人)オーストリア(4人)ロシア(3人)イギリス(3人)ノルウェー(3人)チェコ(1人)で合計11カ国64名が参加した。ホスト国チェコの参加者が少ないのが気になったが、チェコで将棋を指す人はまだ初心者なので、夏休みのこの時期はヨーロッパでのハイレベルな大会に参加するよりも、自分のバカンスを優先するためのようだ。

音無しの時計で問題

 1回戦が終わると、トラブルの相談を受けた。対局時計が設定のミスのためか、ビープ音が鳴らず、時間切れになってしまったケースはどう扱うべきか、というものであった。どうやら時間が切れたほうが優勢を築いていたので、クレームになったようだ「たとえビープ音が鳴らなかったとしても、時計の表示は見えているのだから時間が切れたほうが即負けになるのがルールである」と答え、実際にもそのように扱われた。
 当日、対局時計は日本でおなじみのシチズン製と、別の国製の2種類が使われており、ビープ音が鳴らなかったのは、後者で、これまでの大会でシチズン製に慣れていてビープ音が鳴るものと時間切れの選手が決め付けていたのが原因ではあるが、実は、私自身も9回戦でその対局時計で時間切れ負けを喫してしまった。対局時計を一種類に統一できない大会は、運営者、参加者とも今後注意が必要であろう。
 1日目でヨーロッパ選手権の方は準決勝まで進んだ。そこまで勝ち進んだのは、シェイモルさん(フランス)ウーステンさん(オランダ)ミルニックさん(ドイツ)、コロミエッツさん(ウクライナ)の四人で決勝に進んだのはウーステンさんと、コロミエッツさんとなった。

決勝で早すぎた投了

ESC2005Final.JPG
 2日目、ヨーロッパ選手権決勝は、角換わりからコロミエッツさんの細い攻めがつながるかどうかという将棋だったが、終盤にうまい飛車切りがあり、数手でウーステンさんが投了した。が、実は、投了図以下▲2二玉、▽4四馬と質駒の銀を取ったとき、馬を取る一手ではなく、▽3二玉とかわす手があった。▲4三銀-▲5五馬としても詰めろではなく、▽8九飛車成が早い。▲4三銀-▲5三馬も▽8二飛で一筋縄ではない。そう指せば勝負はまだわからなかったかもしれない。コロミエッツさんがヨーロッパ選手権者となった。ウクライナからの優勝者が出るのは史上初めてのことである。
 2日目の7回戦終了後の夜、ヨーロッパ将棋連盟(FESA)の各国の代表者が会議を行っている時間を利用して、宮田七段と大野六段が多面指しの指導対局を希望者に対して行った。全員2枚落ちで対局となったが、勝てたのは一人か二人で、非常に厳しい指導となった。FESA 会議終了後も、場所をアリーナ内のレストランに移して、指導多面指しは日付がかわるまで続いた。熱心な方が多いのには改めて感心した。
 最終日、アマチュア竜王戦出場権のかかったヨーロッパ選手権が前日に終わっているので、ワールドオープン選手権戦のほうはなんとなく和やかなムードで淡々と進む。
 優勝は、瀬良さん、2位は菊田さん、3位は田代さん、4位が寺尾さんと上位は日本勢が独占、5位にシュニッダーさん(オーストリア)、6位にコロミエッツさんが入った。
 来年の開催国はフランス。ウクライナのリフネも再来年以降のホスト地として手を挙げているが首都のキエフと違ってアクセスしにくいのが難点となっている。

投稿者 isps-admin : 02:34 PM

July 25, 2004

欧州将棋指導旅行(4号,1997.3.3)

 10月11日から十日間、野月四段とヨーロッパの将棋支部へ指導旅行に出かけて来ました。たくさんの熱心な外国人将棋ファンと出会うことができ、大変有意義な滞在となりました。(北島忠雄四段(段位は執筆当時のもの- Webmaster 註)) 

指導対局10月11日(金)
4時ヒースロー着。支部長のブラックストックさんに迎えて頂く。別便で到着の野月四段と無事合流。ロンドン滞在の打ち合わせを少々。
10月12日(土)
終日市内観光。バッキンガム宮殿、ウェストミンスター寺院など。
10月13日(日)
2時30分よりダイワファンデーションにて指導対局。イギリス人7名、日本人3名の合計10名が参加。野月4段とそれぞれ四面指しで指導。7時まで。終了後、パブにて歓談。
10月14日(月)
空路オランダへ移動。夜8時から市内のチェスクラブで指導。オランダ人8名が参加。3面指しで10時30分まで指導。
10月15日(火)
支部の世話役ホーランダーさんの案内で市内観光。
10月16日(水)
ブローマスさんの案内で市内観光。モーレン、マルケン島等。
10月17日(木)
終日市内観光。国立美術館。
10月18日(金)
空路フランクフルトへ。支部長エンゲルハートさんの車でバイルブルグのホテルへ移動。夕方から2時間程度、大会参加者へ指導対局。夕食後、1時間程度指導。
10月19日(土)
大会初日。今回の参加者はドイツ13名、フランス6名、オランダ6名、ベルギー6名、日本4名、イギリス1名、スウェーデン1名、合計37名。大会は持ち時間1時間、秒読み30秒でスイス式トーナメント5回戦。この日は3回戦まで。1日目終了後1時間程度指導対局。
10月20日(日)
大会2日目。後半戦の2局。3時に全行程を終了。第6回ドイツオープン優勝は5戦全勝のオランダのマーク三段。準優勝は三枝樹三段。日本人女性の福村八重さんが健闘し、級の部で入賞を果たした。表彰式の後、指導を2時間程度。
10月21日(月)
夕方までフランクフルトを観光し、帰国。

ヨーロッパの感想
 ヨーロッパでは、ドイツ大会・フランス大会・ベルギー大会・イギリス大会・オランダ大会・ヨーロッパ選手権の六つが主要トーナメントです。囲碁やチェスに比べて愛好者の数は少ないですが、年々増加の傾向があり今後益々の発展が期待出来そうです。
現在スポンサーが付いているのはヨーロッパ選手権だけで、(リコーが協賛)他の大会は参加者の会費によって運営されています。ヨーロッパの場合陸続きとはいえ、長距離移動の交通費、また宿泊代などの個人負担はけして小さい物ではないでしょう。私の考えでは、(かなり虫の良い希望ですが)それぞれの大会にリコーのケースのような協力が得られれば、大会参加者も増え、最も効果的な普及の足掛かりになるように思われます。
海外に道場を作るとか棋士を常駐させると言った実現の困難な意見より、スポンサーを探して現在行われている大会を盛り上げて行く方が現実的な気がするのですがいかがでしょうか。外国から選手を日本へ招待して世界選手権を開催するとか、将棋が強くなることへの色々な目標なりメリットなりを作ることが将棋人口を増やす有効な方法と考えます。


投稿者 isps-admin : 04:05 PM | コメント (0)