1995年に初めてフランスへ渡ったのは、チェスの国際大会に出るためだった。この大会はフランスを初め、近隣諸国の人が300人ほ ど参加するオープン戦で、家族的な温かさで人気がある。大会は1日1局で、時間が十分あり、合間には将棋の指導を行なった。(湯川博士)
1996年。この年は、プロ八段の森内さんが同行し、大会場の一角に将棋コーナーを設けてもらい、将棋ブームを起こした。とくに、フランスのトッププレーヤー、GMアピセラが将棋に興味を持ち、大会の合間には将棋コーナーを訪れてくれたのは大きかった。彼クラス(フランスで2位か3位)になると、ファンが集まってくる波及効果があるからだ。集まってくるのは若い人が多く、初見で、将棋の3手詰をすぐに分かってしまう。詰パラに出ていた3手詰問題で、飛車・角が中心のものは即座に解いた。逆に、金・銀・桂・香・歩など動きの違うものは、考えている。
この年は、パリから300キロも離れている 会場に、フランスチェス連盟会長が現われ、なんと将棋コーナーに座ったのである。そして説明を受けるや、我らのメンバーと8枚落ちを指した。お話もしたが、日本にそうとう興味を持っている感じを受けた。
フランス人の一番の関心は、森内将棋GM(グランド・チャンピオン)で、彼の集中力と粘りには称賛の声が上がった。おもしろいことに、強いGMたちは即座に森内さんの資質を見抜き、素晴らしいと誉めるが、ちょっと格下のIM(インターナショナル・マスター)たちは、それほど評価したがらない。でも互いの一流棋士の交流が、最大の理解を生むのだという感触を得たことは確かだ。
1997年7月。3年目は一行10人とふくれあがり、森内八段も2年連続参加。やはり将棋コーナーを設置し、随時指導した。アピセラGMは、この一年間でめちゃ強くなったので聞いてみたら、パリのフランス将棋連盟に通って指していたそうだ。
大会の中日ころ、森内・アピセラの将棋・チェス2面同時対局が行なわれ、ギャラリーもそうとう集まった。
国際交流の秘訣は
さて一般にフランス人は、日本の扇子を欲しがる。昨年は森内八段が羽生名人に挑戦したときの扇子が大人気だった。あるとき熱心なファミリーから、扇子の文字の
「阿吽(あうん)」の意味を教えてくれといわれた。気が付くと周りはフランス人で、皆一様に目を輝かせて私のことばを期待している。
「ノーカンバセーション、バット、コミュニケーションオブインスピレーションOKね」 咄嗟に単語を羅列したが、それでも、「オー、アンダスタンド。ブジュボジュ〜」 たぶん理解してくれたと思うけど?!。
驚いたのは、禅のことを知っている人がけっこういたことだ。フランス人は日本の文化に興味ある人が多いようだ。というのも、今年のことだが、私は心身のバランスを保つため(病気予防)、最近合気道をやっているが今大会でも試合前や合間に、外の芝生で合気体操をやっていた。すると、こどもが覗きにきて、質問する。
「それは空手でもなさそうだが、なんと言うものですか?」
「アイキドウ」
「あっやっぱり。この間テレビで見たぞ!」(フランス語だが不思議に分かるのだ)
ぼくはとても興味があります。もう少し見ていていいですか」
「ウイウイ。OK」
この少年たちの口コミ(あのオジサン、合気道使いらしいぞ!)のおかげで、今年の大会では少年強豪たちのビビリがあったようでずいぶん勝ちを拾わせてもらった。
合気道のおかげでチェスに勝ち、昔座禅をかじっていたおかげで、扇子の意味を教えられた。外国へ行ったら、いちばん役に立つのは語学よりもむしろ日本の芸を身につけていることかなと、実感した次第…。
将棋については、1手詰や3手詰の本が有効で、そこで駒の性能を覚えてもらうといいようである。
今年のフランス遠征の最後に、世界チェス連盟の最高幹部に会い、将棋とチェスの交流できる企画をやろうと話に燃えた。チェスのチャンピオンが日本に来て、将棋棋士と交流する日も遠くはないような気がする。
私は自称「さすらいのギャンブラー」と称する将棋好きの一弁護士です。10年位前から遊び兼仕事で豪州を訪問すること54回ですが、大内延介九段とブリスベーン在住の日本人弁護士との双方の筋からの紹介で、ゴールドコースト在住の作家、林秀彦先生(*注)と6、7年前に知遇を得ました。(佐藤利雄)
その後はオーストラリアに出掛けた際は必ずと言って良い程林先生邸を訪問し、同先生の秘書のケン・ベラミーさん、その他のオーストラリア人と将棋を指したり、ギャンブルに興じたりしておりました。
林先生は日本に居られる頃からプロ棋士との交流が深く、羽生、森内、森下、先崎らの若手、中原、森(雞)らのベテランも林邸を訪問されたことがあり、且って米長、中原の名人戦ではどちらもフアンで、どっちを応援してよいか困惑していたことがあったそうです。2年前には私自身、泉六段と同道したことがあり、また、昨年には森(雞)九段も来豪してカジノに興じられ、林邸で将棋の指導をなされた由聞いております。
林邸は総面積8万3千坪、高度450メートルの山のうえに在り、ゴールドコーストと湖を一望できる正に絶景の場所にメインハウス、露天風呂、テニスコート、プール、サブハウス等を配し、行かれた方はみな感動する豪邸です。
実は昨年の8月、ふとしたことから佐伯昌優八段と共に、林邸を訪問する機会を得、秘書のケン対佐伯八段との国際対局が実現する運びとなりました。これまで何回もプロ棋士が訪問されていますが、棋譜を残したのは今回が初めてではないかと思います。対局者であるケンは当年32才、米国のアンバサダー大学で経済学を学んだインテリで、敬虔なクリスチャンでもあり、6、7年前に林先生に将棋を学び、林先生と深夜に及ぶまで将棋を指す熱心な将棋フアンでもあります。
対局は二枚落で、日本流に5回だけ下手が林先生と私とに相談できるというハンディをつけていたのですが、1回目の対局においては、西欧人共通の「相談して助力を受けるのは潔ぎ良しとしない」という気概からうまく機能せず、本局はこれを踏まえての2局目でした。結局2回ほど強引に私がケンを別室に呼び、上手の予想指手を教授しましたが、それ以外はケンの実力で指し、ケンが勝つことが出来ました。総評としては、佐伯八段も言って居られましたが、非常に慎重で素直な棋風で、アマチュアの常として終盤が弱いというものです。
以下、棋譜を添えますが、驚いたことにケンは二枚落にも拘らず、自分から先に▲7六歩と角道を開けて涼しい顔。これはどうやら「弱い方が先に駒を動かす」というケンの固定観念によるもののようですが、対する佐伯先生も鷹揚に構え△6二金と応じたため、世にも珍しい下手方先手二枚落の棋譜が出来上がりました。下手終盤の▲2三銀及び続いての▲4二成桂がケンの実力を示した好手でした。オーストラリアのレベルが、ヨーロッパ、アメリカに迫るのはいつのことでしょうか?
*注)林先生の著作「鳩子の海」「若者たち」は著名。また、「新潮45」の平成7年1月号、7月号「日本に帰りたいが私は帰らない−移住8年オーストラリアより愛と憎悪をこめて」、「中央公論」平成8年1月号、6月号「ジャパンザビューティフル」もあります。現在、ブリスベーンにて将棋連盟海外支部を発足させるため奔走中で、本年秋に設立の見込みです。
将棋を世界に広める会(ISPS)が発足したのは1995年5月です。日本の将棋を世界中に普及させたいと考えている将棋が大好きな人達9人が集まりました。それ以前は私一人でそんな会ができたらいいのにと考え、趣意書をこしらえてみたりしていただけでした。(代表 眞田尚裕)
最初の一歩
その年の2月に週刊将棋に、日本の将棋を世界に広めようと1人で叫んでいる人がいるという記事が出ました。新聞の力は大した物でそれ以来「同じ思いなので頑張って欲しい」とか「是非一緒にやりたい」などという声が全国各地から私のところへ集まってきました。これが会の発足の原動力となったのです。その後約1年、当初は将棋の国際普及の現状把握や、会が大きな目標として掲げた、世界中の多くの国が参加する「将棋オリンピック」開催のために今なにから手掛けていけばよいかを調査することなどに時間をかけました。インターネットによる世界大会も検討中です。
徐々に成果も
1996年4月に会報「かけはし」の創刊号を発行しました。これによって会の存在を世に示すことができたと同時に更に沢山の情報が入ってくるようになり会員数も激増しました。
会報5号で詳しくご報告した通り本年(1997)2月にはISPSが主催する初のイベントとして第1回国際将棋交流会を開くことができました。これは以前に将棋連盟が主催して行われていた大山杯国際将棋選手権出場経験者や谷川治恵女流三段の英語による将棋教室のメンバーなども含め20人もの外国人が参加、ISPSの50人と交流しました。将棋の国際普及のために先ず日本在住の外国人将棋ファンのネットワークを強化しようという目的達成に多少とも役立ったことと思います。また4月にはISPSの努力によって中国子供将棋親善使節団の日本招聘が実現しました。将棋連盟が北京で竜王戦を行なってから2年余りの間に北京での将棋熱は加速度的に高まり、来日した3人(実力1級くらい)より強くなりそうな子が北京には大勢いるということです。
これらのイベントの他にISPSが手掛けたこととしては、将棋連盟の海外支部のない国(サモアやチュニジアなど)で将棋を普及させようとしている方への支援、将棋連盟が発行している入門用パンフレット「将棋」の仏・独・西・露・韓国語版の作成、セントメリーズインターナショナルスクール将棋部への講師派遣などがあります。
石の上にも3年という言葉がありますが、ISPSが発足してから2年4ヶ月、世界中に将棋を広めようとする見地からすれば実績は楊枝の頭ほどでしかないかも知れません。しかし本年8月には会員数も230名を越え、会の力は確実に向上しており、これからが序盤の力の出しところと思っています。
さらなる展開
次に今までの経験から国際普及に際しての現状の問題点を列挙します。第1は将棋を外国人に教えようとしている人は沢山いるのだが、横の繋がりが弱いという点です。かなりな数の専門棋士、将棋連盟普及部、将棋連盟海外支部、そして我々の会ISPSやその他個人の方々などみんな国際普及という同じ目的を持って努力しています。にも拘わらず相互の有機的な繋がりが薄いため無駄が有ったり単発的であったり孤立したりしています。より具体的な問題としてはまず外国語で書かれた将棋の本が少な過ぎるという点です。また現状外国では継続的、定期的に将棋を指導してくれる人が少ないと言われています。さらに初めて将棋をやろうとする国では盤駒の入手が困難だという点も意外とネックになっているようです。
以上の問題点を頭に入れながらISPSの今後の方向を考えてみます。「夢はできるだけ大きく、やる事は足元から確実に」が従来からのISPSのモットーです。実際のオリンピックと同じくらいの数の国が参加する「将棋オリンピック」の実現を夢見ながら、ISPSは国際普及に関し、個人ではできない事、将棋連盟でも立場上やりにくい事を大きな受け皿として引き受ける縁の下の力持ちになればよいと思っています。
そこで会として当面やらねばならないことは何かといえば組織の強化拡大と財政基盤の確立です。何か実績になるようなまとまった事をやろうとすればお金がかかります。人手ももっと必要です。目標は、会員を1000人以上にする事、定期的に援助してくれるスポンサーを獲得する事などです。
足腰を固め、同じ思いの人達の力を更に結集し、山積する問題点を共に解決していきましょう。
2月2日、第一回国際将棋交流大会が将棋会館2Fで行われました。そこに着いてみるまでは、せいぜい20〜30くらいしか集まらないだろうし、参加する外人は私の知人だけだろうと思っていましたが、とんでもない間違いでした。(Reijer Grimbergen ライエル・グリムベルゲン)
外人も強い
11時頃に着いてみると、既に多くの対局が始まっていて、ざっと見たところ30人くらいの人が将棋を指していました。この人数は最後には倍くらいになりました。さらに、私が会ったことのない外国人も数人いました。私よりも強かったのには本当に驚きました。
この日は基本的に2部で構成されていました。11時から6時頃までは対局。基本的に外国人選手は同じくらいの強さの日本人選手と手合いが付けられました。そして、午後からは何人かのプロとの指導対局のチャンスもありました。原田九段、森内八段、大野六段、北島四段、高橋和女流初段が指導を希望する相手と多面指しで対局しました。
ラッキーなことに私もかわいらしい和ちゃんと手合いがつきました。序盤からずっと盤面に集中することができ局面は有利でした。しかし終盤になって高橋さんの魅惑的な美しさ(と終盤力はもちろんのこと)が私を支配し、結局私は負けてしまいました。
私の横に座った外人(名前が思い出せないのは残念ですが)は高橋さんの美しさに惑わされることなく平手局を勝ちきりました。後ほど自称二段の彼と手合いが付きましたが案の定負かされてしまいました。将棋を教わる相手は日本人だけとは限りません。
将棋を指せるだけでなく、チェスセット、そして私が勘違いしていなければ、チャンギとシャンチーの盤駒も用意されていました。
パーティは楽しい
対局の時間が終わると沢山の料理と飲み物が出てきて立食パーティになりました。パーティの最初には賞品の授与式がありました。該当者は毎日コミュニケーションズ、真珠専門店やプロ棋士からの寄贈の品々から自由に選べました。
原田先生が普段に増して楽しい乾杯の挨拶をされました。先生は3面指しの指導対局で全勝を飾りました。この3月1日で73歳になられたばかりとはとても思えません。
その後、何人かのスピーチが続きました。ISPS設立者の眞田代表など、ほとんどは日本人でした。 私も簡単に挨拶しましたが、私は英語でしゃべり、日本語にするのは山田彰さんに助けてもらいました。宋正彬さんのスピーチで、世界に広めようとしているのは将棋だけではないということを思い出しました。宋さんはチャンギについて幅広い話をし、詰めチャンギ付きの名詞を皆に配っていました。
楽しいスピーチが終わると、羽生でない方のマジックが始まりました。小林恵子さんと秋本正さんの2人のマジシャンが将棋を題材にしたマジックを披露してくれました。
楽しさてんこ盛り
この日はとにかくも、私の好きなことがいっぱい詰まった素晴らしい日でした。将棋を指して(勝てればなおさら)、旧友と再開し(イギリスのマイク・ロフタスさんと久し振りに会えました。彼は今金沢で英会話講師をしているそうです)、新しい友人と出会い(今までは知らなかった何人かの外人強豪と出会えました)、ビールを飲み、美人との会話を楽しみ、最後には素晴らしい賞品まで貰えました。
今の時点ではこれが毎年行われるのか決まっていませんが、そうあって欲しいですし、次回はもっと多くの方に参加して頂きたいと願っています。私もISPSの一員ではありますが、忙しくて何もお役に立てません。この素晴らしい一日を準備してくれた皆さんに感謝しています。(翻訳:山田禎一 *本稿はグリムベルゲンさんがインターネットに投稿したオリジナルを許可を得てかけはしに翻訳転載したものです)
1.支援をして下さった方々に感謝
中国から将棋の強い子供を日本に招こう、という話が持ち上がった時に、私は直感的にこれは政府や将棋連盟ではなく我々の会が主催でやると良い、と思いました。(将棋を世界に広める会
代表幹事 眞田尚裕)
特に理由があった訳ではありません。小回りが利く将棋を世界に広める会(ISPS)でやればうまく行くという気がしたのです。事実始めはすこぶる好調でした。往復の飛行機代は中国側が負担、日本での滞在費と移動費(最低で30万円)が日本側で負担という話に某ライオンズ倶楽部からお金を25万〜30万と中国語の通訳の人をボランティアで出しましょう、と申し入れがあったのです。喜んで準備にかかり中国側にもOKの返事を出しました。ところが、中国から子供3人と付き添いの大人3人の来日者名簿が来たころになってそのライオンズ倶楽部の都合で話は白紙ということになったのです。これには困りました。お金がなければ人一人招くこともできません。といって中止することも延期することも出来にくい状況でした。
そこで一つの会社(または団体)から寄付を仰ぐのではなく一人一口一万円以上協力して下さるミニスポンサーを大勢募集することにしました。幹事が手分けをして友人知人にお願いをしました。昔から「捨てる神あれば拾う神あり」と言いますが、2ヶ月余りのうちに20人以上の方々から支援のお申し込みがあり、予定額以上のお金が集まりました。今回のことが実行出来ましたのは先ず何といってもこの方々のお蔭と思っております。この会報の紙上を借り、改めて深く感謝の意を表したいと存じます。
それに加え、指導将棋を引き受けて下さった先生方、通訳の方々、その他陰に陽に応援して下さった皆様にお礼申し上げます。
2.言葉は通じなくても将棋は出来る
中国からやってきた子供たち3人は日本語は全く出来ませんでした。帰るまでの間に「お早ようございます」「お願いします」「有り難うございました」をやっと覚えた程度です。私がカセットを聞いて勉強した中国語もニイハオ以外はほとんど全く通じませんでした。それでも彼らが将棋を指すに当たっては言葉が通じないということは何の差し障りにもなりませんでした。日本の子供と指す時もプロの先生に指導を受ける時も彼らはちゃんと将棋を指しました。言葉はできなくても将棋はできる、ということを彼らは体現してくれました。世界に将棋を広めようとしている我々にとって大変嬉しいことでした。
3.中国での将棋普及の問題点と今後の方向
子供達と一緒に来た王先生と李先生の話では北京には将棋のできる子供が300人ぐらいいるそうです。今回来日した3人(3人とも1級を認定されました)より強くなりそうな小さい子もいるとのことです。
ただ将棋普及の問題点としては(1)指導者の不足(今の勢いだと教えている先生より子供の方がずっと強くなりそう)(2)中国語の棋書がない(3)盤駒が手軽に買えない、などがあげられいました。
我々の会としては今回の事が一回限りのイベントに終わることのないように定期的で継続的な中国との交流を図っていきたいと考えています。それによって中国における将棋の普及が根付いたものとなるでしょう。当面は上記の問題を解決する必要がある訳ですがこれらについてはISPSの会員の皆さんの知恵と力を拝借したいものと思っています。例えば指導者が足りないなら毎月中国ツアーを組んでISPSの会員が教えに行けばいい、その為の資金作りはこうすれば、とか駒が無いのなら中国で駒を作る会社を興せば良い、その為にはこうすればうまく行く、とか独創的で建設的なアイディアをかけはし編集部宛にお寄せ下さい。
かけはしを毎号楽しく読ませて頂いている。鈴木良尚さんのお誘いもあり、6月から会員になった。将棋の海外普及、女性普及には前々から関心があったので、二つ返事で入会した次第である。
本年還暦を迎えたので、何か記念になる企画をと考え、この程全文エスペラント語による将棋入門書"将棋への招待"(Invito al Japana Sako)70ページを自費出版した。これについては'96年9月11日付の読売新聞においても取り上げて頂いたが、以下簡単に紹介したい。(上田友彦)
東京エスペラントクラブの機関誌"La Suno Pacifika"国際版に1992年から23回にわたって4年間連載した Japana Sako(Shogi) シリーズをベースに、若干修正したものである。目次からおよそのイメージをつかんで頂けると思う。
目次−序文
1)将棋---その歴史、特徴
2)将棋のルール
3)詰将棋
4)必死問題
5)玉の囲い
6)序盤戦法
7)中盤の手筋
8)寄せの手筋
9)実戦譜
10)用語集、外国人の対局風景等
最も苦心したのは、日本のすぐれた伝統文化であり、長い歴史を有するこの興味深い知的なゲームをどのようにエスペラントで表現するか、独特の用語をどの程度日本語として残し、どこまでエスペラント訳すべきかという問題であった。
エスペラントはいかなる民族語にも属しない中立の言語であるので、ある特定の言語の影響を強く受ける事は避けねばならなかった。しかるに日本語以外で書かれた将棋に関する文献は英語書きの本が数冊あるのみであった。さんざん迷ったあげく、"Shogi for Beginners"、"Guide to Shogi openings"、"Better moves for better shogi"の3冊を参考にし、表記法もほぼこれに倣うことにした。英語方式を踏襲するということより、少なくとも、盤面、駒の名称、駒の動き、棋譜の記録法については、このやり方が一番国際的に定着していると考えたからである。
いま本誌にライエル・グリンベルヘンさんが"Translating Shogi"を連載されているが、結果的には英語をエスペラントと置き換えただけのほとんど同じ表記法になっている。私としては、いろいろ迷ったあげくこれで良かったのだ、と意を強くしている次第である。
ただ将棋用語については、英語の直訳でない箇所がかなりある。不適切な訳語は今後改めていきたいと考えている。御参考までに駒の呼称、動き等を以下に示す。

(3)棋譜の実例
かけはし第2号11ページの相振り飛車の出だしの部分をエスペラントで表記すると次の様になる。英語表記とそっくりなのが御判り頂けると思う。

なお本冊子をお求めの方は郵券1040円(80円切手13枚:頒価800円+送料240円)を著者(〒134 江戸川区清新町1-1-20-202 上田友彦)宛お送り頂くと、折り返し "Invito al Japana Sako" をお送り致します。
◆話の始まり
96年7月30日、リコー将棋部の運営する『将棋のページ』に、西日本新聞社の方から、第37期王位戦第4局(羽生王位 × 深浦5段)をインターネットで速報したいので、リコー将棋部の協力を得たい旨の電子メールが投函された。話の内容は、現在、リコー将棋部で提供している『棋譜鑑賞のページ』の表現形式をそのまま利用し、速報を実現したいというものだ。
『将棋のページ』では、スクリプトという簡単なプログラムを利用して棋譜からホームページを自動的に変換できるようにしてある。この要望の内容であれば、当方の負荷は大したことはない。またインターネット上で、タイトル戦七番勝負を観戦できるというのは画期的なことなので、喜んで協力する旨を電子メールで返信した。(小川博義@リコー将棋のページ編集人)
インターネット上で公開するページの構成は、西日本新聞の山下さんより次の提案があった。
▼最新の盤面のページ
対局中の現在の盤面をできる限りリアルタイムに再現。
▼棋譜・解説のページ
現在までの指し手、対局終了後には棋譜の解説を掲載。
▼写真グラフ特集のページ
前夜祭、対局初日、対局2日目の様子をデジタルカメラで撮影し、順次掲載。
▼新聞の特集記事のページ
王位戦関連の新聞記事の掲載。
さらに、当方から以下の提案をし、快諾を頂いた。
▼英語版の最新盤面、棋譜解説のページ作成
▼下記媒体への広報
週刊将棋
国内将棋メールリスト
海外将棋メールリスト
ニフティサーブ(将棋フォーラム)
英語版のページ作成は、海外の方にとっては特に意義があることだと思う。将棋の七番勝負の棋譜ですら入手が難しい中、インターネットを利用して速報に近い形で勝負の行く末を楽しむことができ、画期的なイベントになる。
どうやって、速報を実現したか
今回の焦点は、如何に素早く最新の盤面を更新できるかである。そこで以下のような3ステップで最新の盤面へ更新するようにした。。
1、山下さんが対局場にパソコンを持参、対局場で指し手を入力し、それを電話回線を利用して電子メールで小川宛に送信。
2、小川は受信した電子メールに従い、最新の盤面・棋譜解説のページを作成。
3、作成したページ(HTMLファイル)を、ファイル転送プログラムにて、西日本新聞のWWWサーバーへ転送。
実際更新に要した時間は、例えば、5手分程度の更新では、関連ファイル作成(5分)、ファイル転送(3分)、都合8分程度を要した。総じて、1時間に10分程度の仕事が、当方に発生した。
王位戦第4局
第4局の対局日は、リコーの夏休み明けの8月19日、20日である。当方の準備作業としては、主に『将棋のページ』で利用している棋譜鑑賞のページを生成するスクリプトの修正のみであるが、、、
最終的に、スクリプトが完成したのは、19日の午前8時30分。いつもながら、きわどい仕事をしている。あとは何も問題が出ないことを祈るだけ。。。
今回指し手の送信間隔は、成りゆきにまかせた。つまり、対局室の記録係の方から記者室に連絡が入る指し手を、随時山下さんが、当方あてにメールで送ることとした。
だが、最初の指し手が10時を過ぎても送られてこない。心配していたところ、いきなり1手目から11手目までの指し手分がファックスで送られてきた。電子メールが不調なそうだ。
指し手を基に速報用のHTMLファイルを作成し、リコー社内のインターネットサービスを利用して、ファイル転送したのだが、これが非常に混雑している。十数個のファイルを送るのに、30分以上かかってしまった。夏休み明けということで、リコー社員のの皆さんやたらインターネットを利用しているようだ。そこで急遽、当方が契約している別のサービスを利用してインターネットに接続し、ファイル転送をするように切り替えた。こちらの方法だと、ファイル転送が、5分とかからない。リコーのネットワークの遅さを痛感する。
不調だった電子メールも直ぐに復帰でき、以降の指し手はうまく電子メールで送信されてきた。あとは、初日と言うこともあり、問題も起こらず、更新速度としては1時間に1回程度の作業となり、午後7時に終了となった。
2日目も、夕方まで、1日目と同じペースで進んだ。山下さんより、
「終盤に入り両者時間が無くなり指し手が早くなりそうです。(18:44)」と言う旨のメールが入り、いよいよだと待機していた。
局面は、解説が無いこともあり私には形勢が良く判らないが、1日目から、深浦五段がうまくさせているように見え、このメールの直前の▲3四銀の局面で、深浦五段が決め手を探して長考に入っているのかなぁ、と思っていた。
しかし、このメールの後、指し手が一向に入らない。心配していたところ、最終手までの棋譜がファクシミリで送信(19:25)されてきた。なんと羽生勝ちとなっていた。。。強い!
送られてきた棋譜によると、終局は、19:04だった。後の山下さんの話によれば、終局の場面の写真を撮影していて、指し手の送信ができなかったとのことだ。最終指し手を、このファクスを基に作成した。全てが終わったのは、8時30分頃であった。無事に終わって、ホッとしたと言うのが、正直なところだ。
そして第5局も
第4局のインターネット速報が好評だった為、西日本新聞社の原田さんより、徳島新聞社の近藤さんに同様なイベントを引き続き実施したらどうかの提案をしたところ、快諾していただき、リコー将棋部も第4局と同様な協力をすることになった。
話を始めたのが、8月22日、対局を6日後に控えてである。徳島新聞担当の河野さんと、準備する時間もないことから、ページの構成は、西日本新聞の構成を採用することにした。
当方としては、前の環境をそのまま利用すれば良いが、以下の2点を追加することにした。
▼最新盤面の次回更新予定時間を表示。
▼現在まで両対局者の消費時間を表示。
そのため、徳島新聞の担当者、河野さんへ以下の2点をお願いした。1つは、前回の西日本新聞の場合は、指し手の連絡は、成りゆきに任せたわけだが、指し手の送信時刻を、1日目、及び、2日目の17時ぐらいまでは、1時間に1回ということを、取り決めた。
2つめは、指し手の送信形式は、消費時間の累計を取りたいので、ノータイムの指し手も含め送信してもらう。
PR活動は、第4局と同様に、以下へおこなった。
週刊将棋
国内将棋メールリスト
海外将棋メールリスト
ニフティサーブ(将棋フォーラム)
王位戦第5局
8月28日9時、対局が開始された。今回は、前日までに準備作業も終わり、第4局も経験したこともあるので、わりと落ちついていることができた。ただ、指し手の送信経路は、前回と違い、対局場の徳島新聞の記者の方が、まず河野さん宛にファクスで指し手を送り、それを河野さんが電子メールへ書き換えて、当方に送ると言うものである。
と言うことで、初回の送信がうまくできるか、心配であったが、9時30分ごろに指し手がうまく送られてきて、一安心。
以降、第4局と同様に、1時間に10分程度ペースの作業で進んだ。。。進むはずだったのだが、午後2時頃河野さんから電話が入り、徳島地方に落雷があり、その影響でWWWサーバー、メールサーバーがダウンしてしまったそうだ。世の中、色々なことが起こるものだ。ただ、幸いにも、影響は軽微で、直ぐに正常に復帰できたそうだ。
局面は、羽生王位が、△8五桂と跳ね出し、1日目で、決着がつきそうな急戦模様となったが、深浦五段が、二時間以上の長考で、一日目を封じた(第2図)。
2日目の朝、河野さんから、インターネットユーザーの利用状況の概略がはいり、1日目だけで、7199ページ、400サーバーからアクセスがあったそうだ。 リコー将棋部のページの1日の最高アクセスページ数は、3000ページ程度であるから、かなりの好評のようだ。
局面は羽生王位主導で動いていく。指し手の送信も、1時間に1回のペースがほぼ守れ、順調な運びだ。ただ、4時を過ぎた頃から、動きが早くなり、5時過ぎに、羽生王位が勝ってタイトル防衛の連絡が入った。
前局といい、腰の重い深浦五段にはめずらしく、あっさり土俵を割ってしまった気がする。終盤が長いと、HTMLファイルを作成する立場からは厳しいのだが、やはり、ちょっと寂しい気がする。
ただ、とにもかくにも、今回も、終わってほっとしたと言うのが、正直なところ。。。
読者として
今回のページに関して、読者の立場から感想を言うと、おもしろいと思ったのは、、、
▼深浦五段の応援記事
▼写真特集
深浦五段の応援記事は、実に、ローカルな話題で、地方新聞でしかお目にかかれない情報が、手軽に、おもしろく読めたのは楽しかった。
また、第四局、第五局とも、前夜祭、対局風景などの写真が、時間を追って、それも簡単なコメント付きで閲覧でき、新聞、テレビなどのメディアとは、ひと味違った楽しみ方ができた。
残念なことは、速報と謳っているが、やはり、盤面の配信には、多くの送信時間を要し、観戦する側はストレスがたまった気がする。しかし、これを解決するには、ネットワークインフラの整備が必要で、早く、日本国も、米国なみの環境を実現をして欲しいものではあるが。
今後の課題は
今回の催し物を通して、感じたことを述べてみる。
まず、感じたのは、簡単にできる、と言うことである。要した人間は、三人程度、それも、その中の一人は、1時間10分程度しか、束縛されない。実に、手軽である。
人のふんどしで相撲を取る、と言うが、インフラが出来上がっているインターネットを利用すると言うのは、まさに、この言葉がぴったりする。さらに、簡単にやってしまったことが、世界へ広報できる仕組みの中にいると言うことは、つくづく、すごいことだと思う。
また、深浦五段の応援記事の様にローカルな記事が、全国に流れると言う面白さも、なかなかなものである。
反面、今回の催し物を、テレビの早指し将棋と比較すると、以下の2点が不満である。
▼現在の表示局面が、何時指されたものかが判らない。
▼現在の表示局面の形勢が、解説が無いので判らない。
この方向で、今回のイベントを改善していく話も大切だとは思うのだが、、、ただ、インターネットでの催し物と言うことを考えるなら、新聞、テレビとは、違った方向への進み方も模索すべきだと思う。
或いは、昨今のテレビ番組では、放映中にURLへ流している番組も見かけるようになった。違った方向でなく、各々メディアの特徴を生かしたメディアの融合と言う方向もある。
たぶん、新聞社、テレビ局としても、インターネットと言う情報配信システムに於いて、どのようにすれば、情報配信の収入を得られる形になるかが、今後の進め方を決める上で、最大の関心事で有ると思うが、今回のイベントは、そのこと考える端緒に成ったのではと言う気がする。
最後に、この様な楽しいイベントに参加させて頂く機会を与えていただいた、西日本新聞社、徳島新聞社の方々には、深く感謝します。
どうも、ありがとうございました。
ベルギーの将棋愛好者たちの将棋普及に関する意見・考え方をお伝えするための前置きとして、前回は自分の体験をもとに当時の状況について紹介してみた。(海宝明)
ベルギーの将棋愛好者たちの将棋普及に関する意見・考え方をお伝えするための前置きとして、前回は自分の体験をもとに当時の状況について紹介してみた。
その最後に触れたところであるが、最新10月号の「将棋世界」を見ると高橋和女流初段のベルギー訪問記が特集として掲載されている。ヨーロッパ歴訪の一環として、オランダの後ベルギーに立ち寄り、さらにフランスでも指導将棋を行うという企画である。内容を見ると、ベルギー将棋連盟事務局長で、以下に紹介する手紙をくれた御本人であるウォルター氏が奮闘している様子がレポートされていた。記事の中身は高橋初段ら一行を観光案内も含めフルアテンドしている様子とか、メンバーが勢揃いして多面指しの指導を受けている場面などが中心になっており、女流プロを迎えて力が入っていることがよく分かるものである。引き続きメンバーたちは活発に活動しているようである。またブラッセルの古い町並みを背景とする全員の記念写真も載せられていた。駐在していた頃を振り返りつつ、今は異次元的な組み合わせである「ヨーロッパと将棋」もそのうちあたりまえのものになるのだろうかなど自問した次第である。
さて、そのメンバーたちの意見を集約してくれた手紙の内容をご紹介したい。私の名前も出てきて少々面映ゆいところもあるが、まずはとりあえず訳文を載せてみよう。
〜高山に挑む〜
私が海宝明氏とブラッセルで知り合ったのは92年の終わり頃でした。残念なことに、氏は翌93年の1月末に帰国しなければならなかったので、会う機会はごくわずかなものでしたが、氏はベルギーを離れても連絡を続けてくれると約束してくれました。そして、事実その通りになって現在に至っております。
最近、私は彼からの便りの中で『世界に将棋を広める会』が日本以外の国で将棋を普及させようという活動を始めているということを知りました。
将棋普及というのはなかなかに容易でない仕事だと思います。それは、様々な困難に遭遇しながら高山登頂を目指そうという行為に比較できるものではないでしょうか。海宝氏は手紙の中でこの将棋普及について何か思うところがあるかどうか、あれば教えてほしいと尋ねてくれました。そこでこれにお答えするため、私はベルギー人の将棋ファンに出来るだけ多く意見を聞いてみることにいたしました。
そのヒヤリングの結果として、将棋を西欧で発展浸透させてゆくためのアイデアを次のようにお示ししたく思います。色々意見が出されたのですが、ここでは最も有益と思われるアイデアや提言のみを敷衍してあることをお断りするとともに、これが皆様の何らかのお役に立てばと願っている次第です。
西欧で将棋を発展させるために
1)ベルギーで将棋を発展させるために有効なこと。出来るならば日本の助力がほしいこと。
=英文で将棋雑誌を編集・発行する。
=以下の詳細な翻訳がほしい。
・完璧な将棋ルールブック(持将棋規定を含む)
・段級昇段規定
=もっと接触機会を拡大する。日本将棋連盟あるいはその他の日本のグループ組織において次のアクションをとっていただくことが出来れば有り難いのですが・・
・ベルギー日本大使館に働きかけてベルギー人と日本人駐在員による将棋の催しを開催すること。
・ベルギーに進出している全ての日本企業に当地将棋関係情報を送り接触のチャンスを増やすこと。
・ハッセルト(訳注;ベルギー東部の都市。日本記念館、庭園などがある)のジャパンセンターにも同様に将棋関係情報を送ること。
=ベルギー将棋選手権のスポンサーになるか、スポンサー探しの手助けをしてくれること。
実力アップをするには
2)ベルギー人が実力アップをするにはどんなことがあれば望ましいか?
=定期的に日本人プロによる講習機会がオルガナイズされること。
=日本人プロによる多面指しの講習は面白く刺激的である。
=将棋の本が読めるようになること。しかし、現実には詰め将棋か必死問題が読解可能なだけ。指し手の解説については日本語の壁がありどうにもならない。
=強いコンピューターソフトの配布
3)コンピューターソフトについてどう思うか?
=複数の人間が以下の条件ならばソフトを手に入れたいとのこと
・ヨーロッパのパソコンOSで動くこと
・リーズナブルな価格であれば・・
上記は質問に対し、いろいろ私に協力を惜しまなかったベルギー人プレーヤーたちの意見の主要部分です。
このプロジェクトが成功することを願うとともに、『世界に将棋を広める会』の発展を心よりお祈りいたします。そして将来、この件に関し更なるグッドニュースが聞けることを楽しみにしたいと思います。
ベルギー将棋連盟事務局長
ウォルター・フレールトブルーゲン 」
さて、上の文章を読まれてどのようにお考えになるだろうか。
ここでは「ベルギー」に於けるニーズとして紹介したわけであるが、これを広く「諸外国」と読み替えてもいっこうに差し支えないだろうと思う。いうなれば、これは日本の外における将棋ファンの生の声であり各国において相応の共通性を持つテーマとも見ることができる。
そこで再整理してみると、彼らの第一のニーズというのは基本的な情報を英語で得られる環境を整えること、そしてその環境の上に於いて何よりも日本人と実際に対戦する場がほしいということにありそうである。
そう述べる上で実は一つだけ注釈を付けておく必要があると思っている。
上記の中でわざわざコンピューターソフトのことについて一項が設けられていることがお分かりであろうが、それはウォルター氏との
手紙のやりとりの中で、こちらのほうから、「日本では普及している将棋コンピューターソフトの英語版を作ったら大いに利用してみたいと思うかどうか」問い合わせたことがあったためである。彼らの現在の棋力にだいたい合いそうでもあるし、一回ならずレターの中で将棋好きな日本人駐在員がいなくなって残念だと訴えていたため思いついたことであった。そうしたやりとりを受けた回答でもある。
個人的意見であるが、こうした試みも意味は十分あるだろうと思っている。パソコンの進化とともにレベルも上がってきているし、私の勤務している会社でも、実戦対局は殆どやったことがないが、ソフト相手には将棋を楽しんでいるという若い人が何人もいる事を発見した。英語版のソフトがあれば既に将棋を知っているEnglish Speaking Peopleたちにはよい刺激になるのではなかろうか。当然ながら問題は採算であって、マーケットの現状から見て商業ベースに乗るとは思われない以上、何らかの助成金みたいなものが必要ではあろう。果たしてソフト開発が国際交流・日本文化紹介の範疇にはいるのかといった観点も含め色々な困難はあるかもしれないがその方向で実現を目指すのも世界にこのゲームの面白さを伝える一つの有力な手段になりうると思う。
しかし、この手紙も含めて、普段からの私信のやりとりとか、或いは当時の会話を振り返ってみると、どうもそれだけではやはり不十分であると言わざるを得ない。本当に求められているものはもっと別のところにあるようだ。
ではそれは何かというと、結局ゲームの面白さを通じた「ヒューマンコンタクト」あるいは「ヒューマンコミュニケーション」の問題になるのではないか。つまり将棋を媒介とする人間同士のコミュニケーションに彼らは一番の価値を見いだしていたように思われるのであるが、またそれは同時に我々日本人側にも言えることであった。
以前ブラッセルにおいて一緒に例会に参加した日本人仲間のひとりが何気なく言った言葉であるが妙に記憶に残っているものが一つある。それは「将棋を指している間は会話が少なくて良いので(外国語がおっくうな自分にはあるいは日本人にとっては)何時間も一緒に対面していても普通と違って結構気楽だし、それで向こうも喜ぶ上にこちらも楽しめるんだから、我々はいい機会を見つけましたね」というものであった。
確かに会話は少く、お互いに盤面に集中する時間が大部分である。しかし、そうして何回か対局している内にそこに同じ時間会話をしていたのに匹敵するほどの十分な相互理解というものが生まれていたように思う。このことはコミュニケーションの本質は何かということに係わる問題でもある。そして会話というのはコミュニケーションのある一部分に過ぎないと言うことの再確認でもある。また自身自分の心理について述べるのは恐縮であるが、振り返って何故私がここのISPSに参加させてもらっているのかという事に対する自分自身への答えであるとも思うのである。勝手に言わせてもらえば、ISPS全体としても改めて活動の基軸は何にあるべきなのかと考えてみたとき、それは「『SHOGI』を通した相互のリアルコミュニケーションの場を作ってゆくこと」にあるのではないだろうか。それが彼らにとっての期待と同様、我々にとっての「意味」になるのではないだろうかと思うものだ。
交流の場を目指して
ただ手紙ををざっと眺め渡して具体的に何が出来るのかということについて話を及ぼすとすると、ある程度出来そうなこともあるけれども、かなり現段階では困難な内容が併存しているのは事実である。ルールブック程度ならば一回限りのものであろうが、指し手解説を含めた本格的なマガジンとなるととても片手間にということにはならない。また、対局機会の拡大についても、日本の中で企画するのと海外で企画するのでは実現性と関与の程度について大きな差異ならびに制約があるのは当然である。
当会は発足して歴史も浅いしまたフレキシブルな集まりであるから、何をすべきかと考えたとき答えはそれぞれの人によって違うかもしれないし、目的と手法のイメージも異なるものがあるのは当然だ。それはこれからの議論でもありまた次第にコンセンサスが出来てくればよい話であろう。そのプロセスにおいてはこの手紙の内容も参考に色々なご意見を伺ってゆきたいものである。
また余計な感想かもしれないが将棋の世界普及というようなことが、自発的に議論されている場が生まれてきていること自体、やはり我々日本の社会もある意味での良い熟成に向かっていると感じるのである。「朋あり遠方より来る。亦楽しからずや」という言葉が21世紀に装いを新たによみがえってくるような場を造っていきたいものである。
10月11日から十日間、野月四段とヨーロッパの将棋支部へ指導旅行に出かけて来ました。たくさんの熱心な外国人将棋ファンと出会うことができ、大変有意義な滞在となりました。(北島忠雄四段(段位は執筆当時のもの- Webmaster 註))
指導対局10月11日(金)
4時ヒースロー着。支部長のブラックストックさんに迎えて頂く。別便で到着の野月四段と無事合流。ロンドン滞在の打ち合わせを少々。
10月12日(土)
終日市内観光。バッキンガム宮殿、ウェストミンスター寺院など。
10月13日(日)
2時30分よりダイワファンデーションにて指導対局。イギリス人7名、日本人3名の合計10名が参加。野月4段とそれぞれ四面指しで指導。7時まで。終了後、パブにて歓談。
10月14日(月)
空路オランダへ移動。夜8時から市内のチェスクラブで指導。オランダ人8名が参加。3面指しで10時30分まで指導。
10月15日(火)
支部の世話役ホーランダーさんの案内で市内観光。
10月16日(水)
ブローマスさんの案内で市内観光。モーレン、マルケン島等。
10月17日(木)
終日市内観光。国立美術館。
10月18日(金)
空路フランクフルトへ。支部長エンゲルハートさんの車でバイルブルグのホテルへ移動。夕方から2時間程度、大会参加者へ指導対局。夕食後、1時間程度指導。
10月19日(土)
大会初日。今回の参加者はドイツ13名、フランス6名、オランダ6名、ベルギー6名、日本4名、イギリス1名、スウェーデン1名、合計37名。大会は持ち時間1時間、秒読み30秒でスイス式トーナメント5回戦。この日は3回戦まで。1日目終了後1時間程度指導対局。
10月20日(日)
大会2日目。後半戦の2局。3時に全行程を終了。第6回ドイツオープン優勝は5戦全勝のオランダのマーク三段。準優勝は三枝樹三段。日本人女性の福村八重さんが健闘し、級の部で入賞を果たした。表彰式の後、指導を2時間程度。
10月21日(月)
夕方までフランクフルトを観光し、帰国。
ヨーロッパの感想
ヨーロッパでは、ドイツ大会・フランス大会・ベルギー大会・イギリス大会・オランダ大会・ヨーロッパ選手権の六つが主要トーナメントです。囲碁やチェスに比べて愛好者の数は少ないですが、年々増加の傾向があり今後益々の発展が期待出来そうです。
現在スポンサーが付いているのはヨーロッパ選手権だけで、(リコーが協賛)他の大会は参加者の会費によって運営されています。ヨーロッパの場合陸続きとはいえ、長距離移動の交通費、また宿泊代などの個人負担はけして小さい物ではないでしょう。私の考えでは、(かなり虫の良い希望ですが)それぞれの大会にリコーのケースのような協力が得られれば、大会参加者も増え、最も効果的な普及の足掛かりになるように思われます。
海外に道場を作るとか棋士を常駐させると言った実現の困難な意見より、スポンサーを探して現在行われている大会を盛り上げて行く方が現実的な気がするのですがいかがでしょうか。外国から選手を日本へ招待して世界選手権を開催するとか、将棋が強くなることへの色々な目標なりメリットなりを作ることが将棋人口を増やす有効な方法と考えます。